大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1289号 判決 1969年12月15日
東京都千代田区丸ノ内一丁目六番地一
控訴人 東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 河村俊世
右訴訟代理人弁護士 吉田精三
同 忽那隆治
右訴訟復代理人弁護士 赤木文生
本店 オランダ国アムステルダム・シーヘットシープファートファイス
営業所 神戸市生田区京町七二番地クレセントビル内
被控訴人 コニンクライケ・ジャバ・チャイナー・パケットファート・ライネン・エヌ・ヴィー・アムステルダム(ローヤル・インターオーシャン・ラインズ)
日本における代表者 イー・エム・ファン・ローン
右訴訟代理人弁護士 平林真一
右当事者間の損害賠償請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を神戸地方裁判所へ差戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
一、本件チサダネ号は、当時南米から南アフリカを経て日本に至る航路の往復に継続配船されていたのであって、その寄港地は南米諸港、南ア諸港、マレーシア諸港、シンガポール、マニラ、香港と日本の諸港に限られ、オランダ国にはアムステルダム港その他の如何なる港にも寄港することはなかったのである。かような第三国間の往復航海のみを反覆継続していたチサダネ号の船荷証券に、その航路と全く無関係のアムステルダムの裁判所に国際的専属管轄を定める約款が存すると想定することはいっそう不合理であって、この約款はもともとオランダ国内の裁判に関して管轄を定めることを意図したものとみるのが約款の文言上も自然であり、当該顧客圏の一般的理解可能性に合致する。事実被控訴会社においては、本件船荷証券と同じ裏面約款のあるものが、オランダの内国運送、オランダ本国と外国間の運送および本件のような第三国間の運送に無差別に用いられ、また運送の荷送人あるいは荷受人が内国人であると外国人であるとを問わず、常に同じ裏面約款の印刷されたものが使用されているのであって、このことは、被控訴人が本件管轄約款を特に船荷証券取得者が外国人である場合のことを念頭において特別の意図のもとに作成したのではないことを物語っており、他方その証券を取得する者としては、管轄約款の意味を相対的なものとして、すなわちオランダの荷主あるいはオランダ本国への運送に関する範囲でのみ妥当するものと読みとるのが自然である。かくして右の管轄約款は本件運送契約には妥当しないものというべきである。
二、本件管轄約款が被控訴人主張のような専属的合意管轄を定めたものであるとして、これを具体的に適用した場合、荷主側としては外国で訴訟をするため該地における弁護士を手配し、受任料を送金するための外貨送金許可の申請手続をするとともに、多くの関係書類を翻訳し、必要によっては関係者の渡航を要するなどきわめて高価な代償あるいは犠牲を伴うのであって、係争金額が本件程度あるいはそれ以下であればかように高価にして煩瑣な訴訟を試みることはできず、従って運送人の責任を追及する機会は封ぜられることとなる。すなわち、本件管轄約款は一見したところ船荷証券統一条約と矛盾しないかの如くであるが、その実は、右条約の禁止するいかなる実体上の免責規定よりもより効果的で完全な免責効果を運送人に与える不当な約款というべく、右条約の公序法としての性格から考えても、また普通取引約款の正義公平の見地から吟味する立場より考えてみても、該約款は無効たるべきことが明かである。
三、本件管轄約款では、「アムステルダム裁判所」と運送人が自発的にその管轄に服する「他の裁判所」との二つが予定されており、後者についてはこれを選択すると拒否するとの自由(選択権)が運送人側に留保されているが、かかる選択権行使の規準は何等示されておらず、専ら運送人の意思に任された形となっているのである。そこで荷主側としては事前に運送人側からの意思表示がない以上、現実に訴を提起して始めて運送人の選択権行使をうながしうるのであるが、かくして、選択権が行使された結果、荷主側が裁判を受ける権利を失うということは管轄約款の目的に反する。
従って、右の選択権の行使は、管轄約款の目的に照らし当然一定の制約に服すべきもである。すなわち、荷主側が「アムステルダム裁判所」に訴訟提起してそこで損害賠償責任の有無につき判断を受ける機会を奪うものであってはならない。然るところ、オランダ国は一九五六年(昭和三一年)に船荷証券統一条約を自国法の一部として摂取しているのであるから、同条約第三条第六項の定めるところにより、物品の引渡後一年以内の訴提起でなければ、「アムステルダム裁判所」での判断を受けることはできないのであって、かような出訴期限の限定あることに対応し、選択権の行使は右期限内になさるべく、その後の行使は無効とみるべきものである。ところが、本件において被控訴人が「アムステルダム裁判所」を選ぶ旨の意思表示をしたのは、すでに同裁判所へ訴を提起しても出訴期限が徒過しているので無意味に帰することが明かな時機においてであった。しかも、被控訴人は本訴の提起前に本件損害賠償請求に関して両当事者間で交渉が継続されていた際、そのような意思表示をしようとすれば、容易にできる立場にあったのにこれをせず、選択権の行使を留保し続けていたのである。要するに、本件においては、運送人の選択権行使前に訴が「他の裁判所」に提起され、右期間を経過した後、選択権が行使されたのであるから右の選択権の行使は無効である。
四、控訴人は、被控訴人の本件運送契約上の債務不履行による損害賠償請求権を主張するほか、これと競合する不法行為に基づく損害賠償請求権を本件運送品の所有権者として主張するものであるところ、本件管轄約款には「この運送契約に基づく(この運送契約による)一切の訴は……」と表現されているのであって、むしろ限定的であり、不法行為地の法律たる日本法により、運送契約の請求権とは別個に成立する不法行為上の請求権に基づく訴まで含むとみることはできないのみならず、元来不法行為に関して、あらかじめ裁判管轄を合意するというようなことはあり得べからざることである。
従って、本件管轄約款は、控訴人が不法行為に基づく被控訴人の責任を訴求する限りにおいて、被控訴人がこれを援用する余地なきものというべく、右の訴の管轄は民事訴訟法第一五条によりわが国の裁判所に認めらるべきものである。
(被控訴人の主張)
一、本件船荷証券中の管轄約款には「オール・アクションズ」(all actions)と記載されているので、本件請求原因が債務不履行であれ、不法行為であれ、一切の裁判上の管轄はアムステルダムの裁判所に専属するものである。
二、控訴人は契約による管轄裁判所の選択権行使を主張するが、これは時機に遅れた攻撃方法である。しかのみならず、本件においては、運送契約によりオランダ国アムステルダムの裁判所が専属裁判所と定められてあり、これは選択的裁判所ではないから、別段、被控訴人において管轄裁判所につき選択権を行使する必要は毫もない。
(証拠関係)≪省略≫
理由
ブラジル国リオ・デ・ジャネイロ市のインスチチュート・ド・アリカル・エ・ド・アルコール(以下インスチチュートと略称する)と、オランダ国アムステルダム市に本店をおく海運業者である被控訴人との間に本件原糖の海上運送契約が成立し、右運送契約に基づいて被控訴人が荷送人たるインスチチュートに本件船荷証券を発行交付したこと、および右船荷証券記載の契約条項中に被控訴人主張の如き英文の国際的裁判管轄に関する約款(本件管轄約款)が存在することは当事者間に争いがない。
そして、当裁判所もまた原審と同様、本件管轄約款は、前記船荷証券上の運送契約に基づく一切の訴訟につき、運送人たる被控訴人の本店所在地国オランダのアムステルダム裁判所の専属的合意管轄を定めたものであって、右の合意により、本件損害賠償請求については日本の裁判所の裁判権は排除される結果になると判断するのであって、その理由は、左につけ加えるほか原判決の説示するところと同一であるから、これをここに引用する。
(一) 本件においては、被控訴会社主張の船荷証券の発行交付により、運送人たる被控訴人と荷送人インスチチュートとの間に国際的裁判管轄の合意が成立したかどうかを判断するにあたって、まずその前提として、それはいかなる法律に準拠して決定すべきかの点が問題となる。けだし、合意の存在は事実の認定を先行条件とするけれども、それが合意たりえたかどうかの判断、換言すれば、法律上合意があったといいうるか否かの判断は法律問題であり、従って、その合意の有無の判断につき適用せらるべき準拠法が明かにされねばならない。そしてこの場合、合意自体は先決問題として契約準拠法によるべきであり、従って本件においては、オランダ法により判断すべきものであるとの考え方もあり得るが、右の合意は訴訟行為的合意であり、かつ、問題が法廷地法の裁判権の排除に関するものであるから、本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断の準拠法は契約の準拠法ではなく、これを問題にする法廷地たる日本の国際民事訴訟法によって決定されるべきものと解する。しかし、わが国には国際的裁判管轄の合意に関する国際民事訴訟法ともいうべき直接の成文法規は存在しないので条理上、事件の国際性および合理的国際慣行に反しない限り、国内管轄に関する民事訴訟法の諸規定を類推適用して処理するのが相当であり、原審が民事訴訟法第二五条の法意を按じて国際的裁判管轄の合意が成立したと判断したのは相当である。
(二) 控訴人は、本件チサダネ号は当時南米から南アフリカを経て日本に至る航路の往復に継続配船されていたのであって、オランダからみれば、純然たる第三国間の往復航海のみを反復継続していたチサダネ号の船荷証券にその航路と全く無関係なアムステルダムの裁判所に国際的専属管轄を定める約款が存すると想定することは不合理であり、該約款は本件運送契約には妥当しないものであると主張するけれども、船荷証券上の約款としての裁判管轄の合意も、運送契約における普通取引約款として、その機能上からすれば、法規に似た制度的性質をもつものであるから、その合意はむしろ一般的定型的な合意として把握すべきであり、本件運送契約に基づく運送に使用された船舶が、オランダ外の第三国間の往復航路のみに就航していたからといって、直ちに本件管轄約款が本件運送契約につき適用がないものとは断定し難い。控訴人の右主張は採用できない。
(三) 控訴人は、係争金額が著しく大である場合はともかく、一般的に本件におけるような管轄約款は―もし、それが被控訴人主張のような趣旨のものならば―荷送人の権利を実現する途を阻むことによって、公序法たる船荷証券統一条約上の荷主の権利を有名無実ならしめるもので無効であると主張する。しかし、外国裁判所の管轄を目的とするものであっても、裁判管轄の合意に関する約款それ自体は、運送人の責任を不当に軽減し、荷主側に不法な不利益をもたらすものと解すべきではない。確かにそうした約款の効力を認め、荷主をして外国裁判所に提訴せしめることになれば、荷主はそのために内国裁判所に提訴した場合に比べて、多くの場合、余分の費用と手間を負担しなければならないことは推察するに難くないけれども、元来、訴訟維持のために必要なある程度の費用と手間は、訴訟を提起する以上当事者が当然負担せざるをえないものであり、外国裁判所に提訴することに要する費用も、訴訟を提起し、維持するために当然負担すべきものに属し、そのため荷送人らが特に不利益を被るとはいえない。従って、船荷証券上の外国裁判所の管轄を目的とする約款といえども原則としてこれを有効のものと認むべく、本件の場合に控訴人主張のような事情があるとしても、いまだこれをもって公序法に違反する無効のものとするには足りない。
(四) 控訴人は、仮りに専属的裁判管轄の合意自体は有効であるとしても、その専属性が荷主側の自由な選択にかかっている本件管轄約款の場合、被控訴人が「アムステルダム裁判所」を選ぶ旨の意思表示をしたのは、引渡時より一年を経過し、出訴期間を徒過した後であるから、かかる非合理な選択権の行使は無効であり、これによってわが国の裁判権は排除されないと主張するけれども(被控訴人は右は時機に遅れた攻撃方法であるから、却下すべきである旨主張するが、格別これがため訴訟を遅延させるものではないから、該主張は採用しがたい)、本件管轄約款はアムステルダム裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める趣旨であり、これは選択的裁判所ではないから、被控訴人において管轄裁判所につき選択権の行使を要しないわけである。本件は特定の管轄裁判所を任意選択できる旨の合意に関する場合ではないから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。
(五) 控訴人は、さらに、本訴は被控訴人の運送契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求のほか、これと競合する不法行為による損害賠償を求めるものであるところ、右の不法行為による賠償請求に関してあらかじめ、裁判管轄を合意するというごときはありうべからざることであり、また本件管轄約款の文言自体に徴しても、不法行為に基く損害賠償請求にはその効力は及ばないと抗争する。控訴人が本訴の請求原因として主張する事実の要旨は、日本の輸入業者株式会社南洋物産とブラジルの輸出業者インスチチュートとの間の原糖二万一四七八袋の売買契約に基づき、インスチチュートは右原糖を南洋物産に引渡すべくこれが輸送を被控訴人に託し、被控訴人はチサダネ号に船積してこれを大阪港まで海上運送したところ、右運送された原糖は大阪港において荷揚げされたときに多数の袋に海水濡れが生じており、これによって原糖の一部に毀損を生じた。右損害は運送人たる被控訴人において右原糖の運送に使用した被控訴人所有船舶チサダネ号の発航当時これを堪航能力および堪貨能力ある状態におくことについて注意義務を怠ったことによって生じたものであるから、被控訴人は南洋物産に対し運送契約上の債務不履行または不法行為責任に基づき右損害の賠償義務を負うに至ったところ、控訴人は南洋物産との間の本件原糖を保険の目的とした積荷海上保険契約に基づき保険金を支払って南洋物産の右損害賠償請求権を代位取得したから、被控訴人に対して前記損害金の支払を求めるというにあって、債務不履行のほか、不法行為として別個の事実を主張するものでないことは、その主張自体に徴して明かである。そうすると、控訴人が債務不履行といい、不法行為というも、それは要するに本件海上運送契約による運送中に生じた損害の賠償を求めるものであり、この点において本訴は前記約款に表示された「この運送契約による一切の訴」に包含されるものと解するのが相当である。のみならず、控訴人の主張するように、本件裁判管轄約款による合意の対象に不法行為による請求を含まないとすれば、裁判所がその請求を債務不履行として構成するか、不法行為として構成するかによって本件約款の適用が左右されることになり、かかる結果はまことに不合理であって、右約款の本旨にそわないものというべきである。従って、控訴人の右主張もまた理由がない。
右の次第で、本件国際的裁判管轄の合意によって、本訴につき日本の裁判所の裁判権は排除されることになるので、これを不適法として却下した原判決は相当で本件控訴は理由がない。よってこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 裁判官 舘忠彦)